福岡地方裁判所 平成8年(わ)1168号 判決 1997年4月22日
被告人
氏名
田中英昭
生年月日
昭和二八年一月三〇日
本籍
熊本市南坪井町三番
住居
熊本市湖東二丁目三四番一四号
職業
会社役員
検察官
児玉陽介
弁護人
福地祐一
主文
被告人を懲役六か月及び罰金五〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、相被告人岩本信一、青木澄子、亀山輝也、更には脱税工作等を請け負っていた夢工房サンコー有限会社の濵畑康正、高原博喜、木場英幸、朝木正生と共謀の上、青木所有の土地を売却したのに伴う土地の譲渡所得にかかる所得税を免れようと企て、同女の平成六年分の実際の分離課税の長期譲渡所得金額が四七二一万五九〇〇円、総合課税の総所得金額が一一八万二六九一円で、これらに対する所得税額が合計で一一九七万五五〇〇円であった(別紙修正損益計算書及び別紙脱税額計算書参照)にもかかわらず、債権者を被告人、債務者を相被告人岩本、保証人を青木とする四五〇〇万円の架空の保証債務を設定し、同女が右債務を履行するために前記土地を売却譲渡して弁済したものの、その求償権の全部を行使することができなくなった旨仮装する方法によりその所得を秘匿した上、平成七年三月一〇日、福岡市早良区百道一丁目五番二二号所在の西福岡税務署において、同税務署長に対し、青木の平成六年分の分離課税の長期譲渡所得金額が二二一万五九〇〇円、総合課税の総所得金額が一七四万八五七七円(これは、支出の部において、繰延資産償却費五六万五八八六円の計上を忘れたため、実際の総合課税の総所得金額よりも高額になっている。)で、これらに対する所得税額が五三万六九〇〇円である旨内容虚偽の所得税の確定申告書を提出し、もって偽りその他不正の行為により、正規の所得税額との差額一一四三万八六〇〇円を免れた(別紙脱税額計算書参照)ものである。
(証拠の標目)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官調書謄本五通(検乙三ないし六、九号)
一 相被告人岩本信一の当公判廷における供述
一 相被告人岩本信一の検察官調書謄本四通(検乙一六ないし一九号)
一 青木澄子の検察官調書謄本五通(検甲九ないし一三号)
一 亀山輝也の検察官調書謄本九通(検甲一七、一九、二三ないし二五、二七ないし三〇号)
一 高原博喜の検察官調書謄本六通(検甲三二ないし三七号)
一 木場英幸の検察官調書謄本六通(検甲三九ないし四四号)
一 朝木正生の検察官調書謄本三通(検甲四五ないし四七号)
一 濵畑康正の検察官調書謄本(検甲四八号)
一 大蔵事務官作成の査察官報告書謄本(検甲一号)、「脱税額計算書説明資料(損益)」と題する書面謄本(検甲三号)、「査察官調査書(繰延資産について)」と題する書面謄本(検甲四号)、脱税額計算書謄本(検甲五号)
一 検察事務官作成の資料入手報告書謄本(検甲二号)、捜査報告書謄本(検甲六号)
(法令の適用)
罰条 平成七年法律第九一号による改正前の刑法(同法律附則二条一項本文による)六〇条、所得税法二三八条一項
刑種の選択 情状により懲役刑と罰金刑を併科
労役場留置 前同刑法(前同)一八条
刑の執行猶予 前同刑法(前同)二五条一項
(量刑の理由)
本件は、脱税工作等を請け負っていた夢工房サンコー有限会社(以下、「夢工房」という。)の関係者から、税金を安くしたい人の紹介を依頼された被告人が、共犯者亀山を通じて紹介を受けた青木澄子が、父親から相続した土地を売却したものの、子供の教育資金や今後の生活資金を貯えておくため税額を安くしてもらいたいとの希望を持っていることを知り、これを相被告人岩本を通じて夢工房の関係者に取り次いだうえ、青木が、夢工房の濵畑康正、高原博喜らの指導のもとに、被告人らの協力を得て、被告人を債権者、相被告人岩本を債務者、青木を保証人とする架空の保証債務を設定するなどの不正の行為をして、平成六年分の所得税を免れたという事案であるが、その犯行の態様は、巧妙かつ悪質であり、脱税金額も決して少なくない。また、被告人は、青木が本件確定申告を行うに際して、架空の保証債務とその履行に関する資料である内容虚偽の領収書の作成などに協力しているのであって、本件脱税の実行に不可欠な役割を果たしており、青木が夢工房に支払った報酬のうちから、少なからぬ金額を受け取っている。しかも、被告人は、本件脱税が成功したと考えるや、自己が経営する会社の法人税や自己の義父の所得税の申告に際し、相被告人岩本を介して夢工房に脱税工作を依頼しているのであって、この種事犯に対する規範意識の鈍麻が窺われる。これらの事情に照らすと、被告人の犯情は悪質であり、その刑事責任を軽視することはできない。
他方、本件脱税工作自体は、濵畑、高原等夢工房の関係者が中心となって計画し、実行したものであって、被告人は、濵畑らに比較すると従属的な役割を果たしたに過ぎないこと、被告人も、現在では本件犯行を反省し、二度と同様の過ちはしない旨誓っていること、本件で実質的に受け取った報酬に相当する金額として、八〇万円を青木に返済していること、被告人の妻が、被告人の監督を誓約していること、被告人には同種の前科はなく、また、最近一〇年間は前科がないことなど、被告人に酌むべき事情も存在する。
そこで、これらの事情を総合考慮し、被告人に対して、主文の懲役刑を科し、今回に限りその刑の執行を猶予し、被告人の社会内における意識の改善に期待することとするが、本件が報酬目的での脱税工作の請負という悪質な事案であることからすれば、被告人が本件で得た報酬を既に青木に返済していることなどを考慮しても、この種犯行に及ぶことが経済的にも割の合わないものであることを被告人に十分に認識させるとともに、社会一般に知らしめるためにも、主文程度の罰金刑を併科することが相当と判断した。
(検察官の求刑 懲役六月及び罰金五〇万円)
(裁判官 稗田雅洋)
修正損益計算書(合計)
<省略>
修正損益計算書(合計)
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修正損益計算書
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